![]()
人生は一度きり 先日、相次いで2つの新聞の投稿欄に、こんなコラムが紹介されていた。サッと読んで、とてもあたたかな気持ちになり、「ホントホント、その通り・・・僕も同感だよな〜!」って、親として共鳴する部分がたくさんあった。 我が子に何を求め、どうなってくれることを期待するのか・・・。僕としては「子どもには子どもの人生がある」という点で、基本的に「好きなようにやれ」という立場を貫きたい。 「ここの学校の方がいいわよ」、「世間体ではこっちの会社の方が」、「彼の方が勤めも安定してるし、いいんじゃない」なんて、学校への入学から始まり、上級学校への進学、塾の先生の善し悪し、就職のこと・・・などなど、最近、必要以上に口出しをする親が多すぎると思う。 自分で転んで、怪我をするからこそ、その痛みを通して危なさを覚えるんだし、受験に失敗してこそ、自分の甘さや勉強不足を理解し、今度こそはという目標が出てくるわけで、失敗する前にあれこれと「よりよき道」(あくまでも親の考えで・・・だが)を与えていては、自分では何も考えられない人間になっていくだけだ。 何もかも子どもの好き勝手に・・・ということではないが、もっと好きなように、自由な選択の場を与ってやってほしいと思う。 『たくましい息子よ』 九州の過疎地出身で、中卒の私は今も小さな会社で黙々と働き続けている。機械化が進んだとはいえ、厳しい肉体労働はさして変わらず、疲れた体にむち打って明日へとつなげている。リストラなど特に不安定な昨今だが、幸い親からもらった健康な体のお陰で今日までやってこれた。これからどんなことがあっても、またどんな仕事でも死ぬまで働くつもりだ。 子ども3人は私の夢だった大学生活を今年で終えた。一番下の息子は農業をやりたいと、今、農業関係の団体や農家で勉強をさせていただきながら、就農の準備をしている。そんな息子に地下足袋と麦わら帽子をプレゼントした。数日おきに「ただ今」と、真っ黒に日焼けした顔で野菜をぶら下げて帰ってくる。 私が子どもたちに対して描いていた職業とは随分かけ離れている。「ま、いいか」。充実した表情でうまそうに夕食を食べている姿を見ていると、農家でもらってきた、とれたての新鮮な野菜のみずみずしい青さと同じく、息子はとても生き生きしている。それぞれにたくましく生きる子どもたちを全力で応援しよう、と妻に心で呼びかける。 【毎日新聞】 『結婚イコール幸福か』 幸か不幸か、娘と私の幸福観は一致している。女性にとって必ずしも「結婚=幸福」とは限らないという点で。 親の育て方のせいなのか、27歳の娘の結婚観はクールだ。私たち夫婦の関係や友人たちの恋愛の実態を冷静に眺めているように見える。そしてまた、母世代にだって仕事がある。どちらかといえば「孫より仕事」派の私は正直なところ、孫のために今の仕事を奪われるのはたまらない。 「結婚」を否定するわけではない。だが、女性も一人の人間として結婚以前にまず経済的基盤を持ち、かなうならばやりがいのある仕事をめざしてほしいと、自らの後悔を込めて母親の私は望んでいる。 十人いれば十人の生き方がある。多様な価値観を認めようとしない世間の風潮に私自身も悩んできた。結婚もよし、シングルもよし、それはあなたの人生なのだから。ただ、娘には言っている。自分で選んだ生き方のツケは自分で支払いなさいよと。 しょせん、母世代は子世代を見守るしかない。「二人でいて孤独」は「一人でいて孤独」より一層さびしさが深いのではないのだろうか。人の一生なんて山あり谷ありだ。いつ何がおきるかわからない。四十路を過ぎて今の仕事と巡りあった私は思う。 娘よ、人生は一度きり。「幸福」とは本人の心が決めるものなのだから。 【京都新聞】 |