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2000年 僕の5大ニュース
2000年を終えるにあたり、今年は僕にとってどんな年だったか、簡単に振り返っておきたい。
1.ホームページ・オープン
当然、これを1番に持ってこないわけにはいかない?だろう。1月を過ぎてから少しずつ作り始め、3月29日に公開をスタートさせた。世界が広がったというか、たくさんの人とネットを通じて出会うことができ、大いに刺激を受けた。
2.自治会役員(体育部長)に選ばれる
良くも悪くも、今年一年、土日を中心に行事に振り回される結果となった。次から次へと行われるスポーツ大会の選手依頼、練習、試合、反省慰労会と、大忙し。目標にしていたマラソンレースにも、ふだんの練習時間が取りにくくなった上に、レース日にいろんな行事が入って出場することさえできず、すごく悔しかった。でも、いろいろな人とスポーツを通じての交流ができ、いい汗を流すことができた。来年1月末に次年度の役員選挙があり、3月4日の役員交代でようやく任務から開放される。
3.3年連続で海外研修の引率・・・オーストラリアへ
1998年から、本校で始まったオーストラリア夏期海外研修。企画段階から関わってきたこともあり、立ち上げ以来、今年で3年連続の引率となった。毎年新たな展開があり、きちんとした形が出来上がるまではということで、引き受けてきた。いろいろ大変だが、貴重な勉強の機会を与えてもらい、非常に感謝している。生の英語に触れることができ、英語学習のテンションを維持するのにも絶好の体験で、海外に多くの友人を持つことによって、自分の活動範囲が世界に広がるのが何よりも嬉しい。
また、帰路、シドニーで一泊し、開会前のオリンピック会場を見学することができ、メインスタジアムの中にも入ることができ、その雰囲気を肌で感じることができた。貴重な経験に感謝!
4.頸椎症(頚骨腕症候群)で通院
秋以降、いよいよマラソンへの本格復帰をめざし練習を、と思った矢先、頸椎を痛めてしまった。別に何か事故を起こしたというわけではなく、これまで40年間の疲労が一気に出たという感じだ。整形外科に行き、レントゲンやMRI検査をし、ブロック注射も含めた治療をするも、これといった改善が見られず、いろいろな人のアドバイスを受けて、最終的に針治療へ。これが身体にあっていたのか、先生の腕がいいのか、とにかく目を見張る快復ぶりで、週1回の治療を5回続けて、一応完治! 整形外科に行っていたら、まだ治っていないはず。保険がきかない分、治療費は高いが、あの痛みや不快感から開放されたと思えば納得の金額だ。まだ、無理をすると痛みがくるような感じだが、以前のようにそれがいつまでも残るということはない。
5.彦根亀の子RCに入会
少し本格的にレースに挑戦してみたくなったので、所属する「走ろう会」を変わることにした。これまで籍を置いていた「ようきんしゃった走ろう会」は、ネットを通じて知り合ったランナーが、大会で出会い、一緒に走り、そこから交流を深めていくというもので、アットホームな感じだった。しかし、決まった練習会などがなく、記録を伸ばそうとしてもアドバイスが得にくいということで、地元彦根で古くから活動している「彦根亀の子RC」に籍を移した。頸椎を痛めた関係で、まだ十分な活動ができていないが、秋以降のレースに一緒に行ったりした。往年の名ランナーやトライアスリートなどもいて、今後のトレーニングに励みが出た。
☆2001年に向けて・・・
厄年(今年が本厄だった)の真っただ中にあって、身体の方にもそろそろガタが出始める時期。自分を含め、家族などにも仕事や学校生活で、そろそろ環境の変化が出てくる年代になった。自分の人生を改めて振り返り、仕事とは何か、家族とは、地域とは・・・。それらのことを、今までの経験をふまえて再構築し、来るべき人生の後半戦に歩み出さなければならない今、人に感謝する気持ちを忘れず、常に前向きに努力していく姿勢を持ちながら、何事にも果敢にぶつかっていきたいと思う。