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今、野外活動に求められていること
=滋賀県キャンプ協会主催:会員交流研修会より=
1996年3月16日(土)午後4時から、近江八幡YMCAにおいて、私の所属する滋賀県キャンプ協会の会員交流研修会が開催されました。当日は、本協会の常任理事で滋賀YMCAの総主事でもある上松裕明氏の講演を聴いた後、参加者が現在抱えている問題点や疑問点を自由に出し合い、議論する中でお互いの交流を深めました。
<講演要旨>
西川先生の方から『今、野外活動に求められていること』という内容で少し話を用意して下さいと頼まれて、引き受けはしたのですが、よく考えてみたら、えらく安請け合いをしたなと少し反省をしています。
さて、今日、お手元にお配りさせていただいた2枚のレジメですが、まず、『今、野外活動に求められていること』というテーマが、なぜ設定されたのかということを考えてみました。
"前提"というところの2つ、このテーマをにらみながら考えたことですが、まず、従来の野外活動の理念とか目標というものをとらえ直して、新しい時代にふさわしい方向性を見出していかなければいけないという一つの問題意識。それと、もう一つは、従来のプログラムだとか組織、リーダーシップを評価して、その上で新しい展開を図る必要性があるのではないかという問題意識です。ただ、これをまた事前に、西川先生に、そういったことがあってこういうテーマを考えられたのですかと聞くと、よけいに負担になるので聞きませんでしたが、まあ、今日の研修課題の前提になっている問題意識というのは、この2点ぐらいかなと考えました。
次に、この4時から5時までという時間設定の中で、どのくらい話さないといけないのかと考えた時に、あまり提言めいたことではなく、これからの野外教育活動を考えていく原点になる"キャンプ"そのものを考え直してみるということで、「組織キャンプ」の歴史的な経過と変遷を、もう一度、みなさんと一緒に振り返ってみたいと思いました。何だか、キャンプ概論みたいな話になるんですけど、まずはおさらいをしておく必要があると思いましたので、そこから少しお話をさせていただきたいと思います。
組織キャンプの歴史的変遷
「組織キャンプ」のはしりは、アメリカで1861年にフレデリック・ガンさんによって始められた「学校キャンプ」だと言われています。これが我々のいう組織キャンプの原形だと考えられているんですが、ヨーロッパではなくてアメリカでスタートしたということを、改めて再認識したいと思います。産業革命が終わり、初期の資本主義社会において、都市化が進行したことを背景にしながら青少年問題が顕在化していくなか、フレデリック・ガンさんが「学校キャンプ(サマーキャンプ)」として実施したわけです。ただ、アメリカでは、フロンティアリズムという伝統的なものをどう育てていくか、という観点で進められたキャンプもあるように聞いていますので、要は、自然が持っている教育力そのものによって子どもたちを育てていこうという考え方が、中心的な部分にあったのだと思います。
日本では、1920年に六甲の南郷山で行われたテント生活が、最初の組織キャンプだと記録されています。大阪YMCAの増田健三さんという一人のスタッフが、アメリカのボーイスカウトの視察を終え、帰ってきてから始めたと言われています。それを機会にして大阪で進められて、東京の方でも、東京YMCAのスタッフであった鈴木栄吉さんが中心になって、日光の中禅寺湖で1922年に最初のキャンプが行われています。ただ、翌1923年には山中湖に移動して、「夏季テント生活」ということで、1936年まで山中湖で続けられていきます。
日本でのキャンプのパイオニアというか、開拓的な役割を果たしたということで、この鈴木栄吉さんは極めて重要な役割を担われたといえます。鈴木さんは、大学で教育学も専攻されていたということで、ちょうど1920年代のアメリカのジョン・デューイなどの教育思想を深く学ばれ、いわば、その教育理想みたいなものを、日本でいかに、どういう方法で実体化するかという時に、キャンプという方法に結びつけて進めてきたわけです。
この鈴木栄吉さんの、そういったキャンプ活動を応援するのに、小林彌太郎さんという人が登場するわけですが、小林さんは東京の砂糖問屋の主人で、自分の私財のすべてをキャンプのために投げ出して協力していきます。鈴木さんと小林さんは、自分たちの理想を達成するために、中禅寺湖でも山中湖でもない固定したフィールド、要するにパーマネントなキャンプ場が必要だと考え、野尻湖畔にキャンプ場を作り上げていくわけです。それが、このレジメの一番最初に示してある「野尻学荘」で、ここでのキャンプをスタートさせたのが1932年です。
この野尻学荘の創設期の趣意書には、レジメにもあるとおり、「青少年の生活そのものを教育的に指導することができれば、教育上これほど望ましいことはない。夏期における長期キャンプはこれがために最もよい機会である」とあり、続けて「キャンプ生活は単なる娯楽ではなく、立派な教育である」「アメリカでは、100万に近い少年少女が参加している」と記されています。キャンプの指導理念としては、(1)都会生活の反省 (2)長期間の個人的反省 (3)統一ある標準的な生活指導 (4)個性と社会性の助長 が示されています。レジメの、この4つの指導理念の上に書かれている「光に歩めよ若き友よ、限りなき成長こそ日々の祈りなれ」というキーワードは、鈴木栄吉さんを応援していた小林彌太郎さんが持っていた一つの考えです。
野尻学荘のキャンプは今も続けられていて、この4項目の指導理念に基づいてキャンプが進められているわけですが、記録を見ていますと、年度によって違うのですが、2週間から5週間のキャンプをやっています。そして、参加者を、あくまで15名ぐらいにとどめているのが特徴的で、「全人教育」というものを前面に出して、キャンプこそが青少年の人格形成に最も教育的な効果があるという信念が強く持たれていたようです。そういうことで、ジョン・デューイの教育思想を現実化しようとしてキャンプがスタートしたということを、まず一点、おさえておかなければならないと思います。
一方で、ボーイスカウトとかガールスカウトの運動は、イギリスでスタートするわけですが、1930年代には日本にも紹介されて、「スカウト・キャンプ」というものも始められています。また、セツルメントの運動が進む中で、青少年のための林間学校というのも始まっていました。しかし、これらすべてが戦争によって活動が停止させられていきます。
ということで、戦前の日本におけるキャンプの経過というのは、大まかに言うとこのような歩みを持っています。
戦後になって、1955年に文部省の主催で第1回のキャンプ指導者講習会が開催されました。これが、日本におけるキャンプ運動が全国的な展開につながる機運となったわけです。あわせて、1961年にスポーツ振興法が施行され、その第10条に野外活動の普及・奨励というものが条項化されることによって、各都道府県にキャンプ場や野外活動施設などが設置されて、キャンプが奨励されていきます。
先日、西川先生が、日本キャンプ協会が発行する、全国の野外活動施設の総覧を紹介されていましたが、現在、そういう野外活動施設がどれくらいあるのかというと、国立の施設が29カ所、公立も含めてその他施設が約1000カ所といわれています。野外活動施設そのものが、戦後ずいぶん増えてきたということがいえると思います。
ただ、日本における野外教育というものが、戦後の青少年問題との関連で、わりと教育行政主導というか、施設づくりにしてもそういう傾向が見られます。つまり、教育行政の主導で野外活動が全国的に普及したというふうにもいえると思います。
レジメの〈1−c〉の項に、国立少年自然の家の設立趣旨を紹介しておきましたが、おおよそ、どこもかしこも少年自然の家の設立趣旨には、このように記されています。「自然に親しみ、自然のなかで集団生活をとおして情操や社会性を豊かにし、もって健全な青少年の育成をはかる」。
また、戦後、YMCAはキャンプの目的というものを成文化するのですが、それがレジメの〈1−b〉にある7項目です。1954年に制定されたこの目的は、戦後の復興期にあって「退廃から健康へ、虚脱より希望へ、都塵より清浄へ…」ということを宣言し、7項目を成文化したわけです。具体的には、(1)自然の生活に適応する能力を育成する (2)良い習慣を育て実践させる (3)健康のための知識と経験を与える (4)生活をゆたかにする技術を学び、創造力を育成する (5)良き友人を見出す機会を与え、友情を深める方法を学ばせる (6)民主的なグループ経験をとおして社会における責任感を養う (7)神の恵みを知らしめ、感謝のこころを養う という7項目になっています。これらは、改定の必要性を感じながらも、いまだ1954年当時のまま守られています。
以上、これら3つ、すなわち60年以上前の「野尻学荘」の趣意と指導理念、戦後制定されたYMCAのキャンプの目的、「国立少年自然の家」の設立趣旨をながめたとき、日本における組織キャンプのはしりである「野尻学荘」の趣意と以後の目的や趣旨が、あまり変わっていないわけです。戦後半世紀を迎えて、社会が大きく変化しているにも関わらず、これらに変化があまりないということは、青少年を育てる原点は同じであるという考え方ができると思います。しかし、キャンプの原点と野外活動の発想とは何なのかということを、もう一度考える必要はあると思います。
キャンプ・野外活動の新しい概念
近代キャンプの研究者であるヘンリー・ディモックさんが、北米でのキャンプの発展を次のように3つに分類しています。1920年までは、アウトドアでの活動が、都市化が進む中で人間を開放する、リフレッシュさせるという新しい経験をさせた時代であって、いわばレクリエーション的なプログラムを強調した時代。それに続く1930年代までは、個人を尊重する場として、デモクラシー的な基本的なものを守り育てる教育性が強調された時代。そして1930年代以降は、限られた対象やプログラムではなく、より大衆化した、広い意味でのキャンピングを地域や青少年に経験させた、社会性を強調した時代。このように、アメリカでも、キャンプが戦後大衆化していくような形で発展していくわけですが、最近、キャンプ場や野外活動施設が減少しているといわれています。別の言い方をすれば、淘汰されてきたといえるのでしょうが、これは指導者の人件費が高騰するとか、スタッフが減少するとか、生活水準の向上に伴ってキャンプ場の設備や環境面、衛生面でのチェックが厳しくなったために、私設(プライベート)のキャンプ場の経営が圧迫されて、閉じられていったということがあるようです。
そんな中で、現在のアメリカでのキャンプの傾向をアメリカYMCAの担当者に聞いた時には、最近の傾向として、次の4点を教えられました。まずは、スポーツキャンプが大きなシェアを占めているということ。2つめは全人教育を強調するオーソドックスなキャンプでは、改めて教育目標や理念をはっきり明示して実施しているということ。それから3つめに、環境教育というものを強調するキャンプ場が増えているということ。最後に、さまざまな障害を持った子どもたちと、そうでない子どもたちが一緒にキャンプをするというようなことが、意識的に進められているということです。
少なくとも、キャンプの理念とか原点というものには、「自然に帰れ」というルソーなどの思想的な影響があったり、その背景にはいろんな教育思想だとか、その時代や社会における青少年問題というものがあったと思います。アメリカなどでは、初期の頃はルソーの思想的影響もあっただろうし、ペスタロッチとかフレーベルといったような、グループ(小集団)の中での相互の交わりを通して成長するといった思想も影響があっただろうし、それからデューイだとかキルパトリックの進歩主義教育といったようなものの影響もあっただろうと思います。
ただ、アメリカでは、このレジメの2番目の項で取り上げているように、Camping というのが Outdoor Education(野外教育)というような位置づけの中でとらえ直しをされたり、Adventure Education(冒険教育)といったところの新しいキャンプのコンセプトや広がりが示されています。さらには、Environmental Education(環境教育)やEducation for Survival(生存のための教育)。でも、これもそんなに新しいことではなくて、1960年代後半から1970年代の初めには、北米では、すでにキャンプや野外活動を、新しくこういった形でとらえ直そうというような大きな動きがあって、現在も、その延長線上にあるのだろうと思います。特に、先ほどのルソーではありませんが、Back to the Nature(自然に帰ろう)ということ。そして、Back Packing なんかが、1970年代当初にアメリカでずいぶんブームになりました。それから、環境の保全とか自然保護( Conservation )という部分では、自然と人間の新しい関わりを、自分のライフスタイルの上でどう考えていくかということで、大きな価値観の変革が背景にあるような気もします。それから、Ecology の視点から考え直そうとか。また、Survival といったときには「地球の Survival 」といったようなこともあって、キャンプや野外活動を新しくとらえ直す動きが見られると思います。
フロストバレーYMCAキャンプの理念
レジメの次のページには、北米のキャンプ協会に加盟するキャンプ施設の中で、いま最も注目を浴びている、ニューヨーク州のCatskill(キャツキル)という National Park の中にある、YMCAのキャンプ場"フロストバレー"。そこで行われている、フロストバレーYMCAキャンプの目的と理念を紹介してあります。
まず、目的については「フロストバレーYMCAは、栄養、運動、環境に対する感受性、感情とストレス管理、そして精神的発達の分野でのライフスタイルの選択を中心とする学習、価値観の整理、体験活動をとおして、すべてのキャンパーの現在と未来の健康の改善に資することを目的とする」。次に、5項目にわたる理念ですが、(1) Having Fun (2) Enjoying others and making new friends (3) Learning new skills and way of being (4) Experiencing the outdoor,nature,and our oneness within this universe (5) Building Wellness Life Styles とあります。とくに面白いのは最後の(5)で、本来なら、もっとしっかり紹介しなければならないのですが、とにかくフロストバレーのYMCAは、この5項目の理念に基づいて、プログラムの面でもすべて目的化しています。今日のレジメには紹介していませんが、この目的というのは6つくらいあって、それをはっきりさせた形で活動が行われています。1つはフィットネスを楽しもう。具体的には、心臓・循環器系フィットネス、持久力、柔軟性、身体の検査、運動と感情の関係、体重コントロール、そして、病気や無力感を予防する運動の役割を含むというように、一つの目的の中にこれだけの内容が取り上げられていたりします。それから、自分自身を大切にする、正しい食生活、生活を楽しむ、自分が世界の一部であるという認識を持つ、他者との関係とかいうふうにして、プログラムもはっきり、これら6つの目的をおさえながら計画するというガイドラインがもたれていて、非常に参考になるところだと思います。
以上、今までのところで、組織キャンプの歴史的な経過だとか、キャンプ・野外活動の新しい概念、その中でフロストバレーYMCAの理念といったようなところを紹介してきましたが、やはり、理念を見直すということが、これからの野外活動やキャンプの出発点じゃないかと思います。
共育・響育としてのキャンプ
レジメの最後のところに、「共育(共に育つ)」「響育(響きあって育つ)」ということで、造語みたいなものですが、そういう共育・響育としてのキャンプの展望と課題という点で、いろんな方がおっしゃっているメッセージを紹介しておきました。
ブラジルの教育学者、パウロ・フレイレという人は、「人間として生きることは、他者および世界との関係を引き受けて生きることであり、人間の生きる力や人格は、他者や世界、自然との関係性のなかで形成される」というふうに言っています。キャンプには、他者や世界、自然を確かなものにするという、新しい価値を創造していく場としての意味があると思います。だから、他者や世界、自然と切り結ぶ教育に重点を置いていく、つまり、キャンプのすべての計画において、他者や世界、自然と切り結ぶという部分を反映しないといけないと思います。
それから、林竹二先生が、「教えるということは学ぶことで完結し、学んだことのただ一つの証しは変わること」というふうにおっしゃっていますが、キャンプのあり方というのは、そういう、変わることへの気づきの場になる必要があると思います。「わかることは変わること」という言葉がありますが、キャンプがライフスタイルを変えていく機能を持たないと、意味がないと思います。
3つめは、水上勉さんが書かれていたことなんですが、「ものにはものの聲がある。その聲を聞くことのできる人は幸せである。聞くひまのない人は気の毒である。だが、どっちにしても人間はそういう耳をもっている。心があるからである。人は黙っていても、ものをいっている。そのいっていることがわかる人は幸せである。わからない人は気の毒である。だが、どっちにしても人間は、そういう心を眠らせて生きるか、醒めさせて生きるか、どっちかだが、誰もがものの聲を聞く耳をもっているはずである」というメッセージです。キャンプで求めるべきことは心を醒めさせることであって、キャンパーにとって、あくまでもキャンプそのものが教育の現場になるようにしていかなければならないと思います。
キャンプの将来展望と課題
キャンプの将来展望とかそれに伴う課題というものについては、あまり提言できるだけの勉強ができていませんが、ほんの少し感じるところを最後にお話しさせていただくとすれば、まず、自然のもっている教育力をどれだけ生かし得るかというのが、我々キャンプに関わる者にとっては、一つの課題だということです。自然というものが我々の心と体を癒し、生きる背骨をしっかりさせるということへの気づきを、プログラムの中でどれだけ具体化できるかということが、古くて新しい課題ではないかと思います。
それから、キャンプでの生活体験を通して、自然と人間の問題を考えながら、キャンピングライフをどう構成していくのかということ。一過性ではなくて、日常性への定着をはかる気づきの場に、どうしていくのかということも課題だろうと思います。
また、グローバルな視点で、私たち共通の未来のための環境について、キャンプ生活の中でキャンパー(子どもたち)と一緒に考え合うということも、一つの課題だろうと思います。ただ、今、非常にニーズが多様化している中で、指導者だとか施設だとかプログラムをどう対応させていくのかということは、最も難しい課題だというふうにも思います。しかし、固定化したキャンプのイメージから抜け出し、自然の中でのダイナミックなプログラムというものをどう統合し、新しいキャンプというものをいかに創造していくことができるかということは、大きな課題の一つだと思います。
今日は、学校の先生が多いので言いにくいのですが、昔、学校キャンプに参加したために、キャンプ嫌いの子どもをつくってしまうということがありました。そういうイメージも変えていかなければならないと思います。
それから、滋賀県キャンプ協会の活動も、徐々に広がりと深まりをもってきているんですけれども、環境教育を強調したキャンプだとか、スポーツキャンプ、アドベンチャーキャンプ、障害児の子どもたちとのキャンプ、それから、最近、日本キャンプ協会でも言われるようになった、高齢者を対象としたシニアキャンプなど、いろいろなキャンプが行われてきているわけですが、それぞれのキャンプに参加したいと思う人が、その情報をどこで得られるのかというような、野外活動情報のサービスネットワークというものをつくっていくのも、キャンプ関係者の責任ではないのかというふうに思ったりもします。
そういったことが最近気になっていることなのですが、YMCAなどで主催キャンプを振り返ったりしていると、期間が短くなっているとか、長期キャンプを投げかけても人が集められないという現実があったり、参加者の低年齢化(これについては、自分自身でも、キャンプの経験をより多くの子どもたちに味わってもらうためには、小さな子どもにも参加の機会をつくることも大切だ、ということで慰めている部分でもあるのですが…)があげられます。今、小学校5年生以上の子どもたちを、非常に集めにくくなっています。子どもたち自身が忙しいわけです。そういう難しさの中で、キャンプや野外活動がもっている教育的な効果を期待しながらも、キャンプを作り上げていく大変さみたいなことを感じているのも事実です。でも、あくまでもストレスが多くて生きにくい時代の中で、安らぎの場としてのキャンプというか、子どもたちの開放の場所みたいな位置づけというものが、もっと必要ではないかと思います。キャンプでの学びだとか仲間づくりの経験を重ねながら、今すぐでなくていいから、いつかそこから出ていって何かしたいという力を蓄えられるチャンスが、キャンプでなければいけないと思います。そういう場として、どれだけのものを用意できるかという意味で、キャンプのプログラムをもっと目的化させる必要があると思います。
ここ近江八幡のYMCAでも、月に1回の日曜日のデイキャンプだとか、オーバーナイトで行う活動を中心とした、小学生の野外活動クラブというものがあるんですが、それを計画し運営・実施していくボランティアのリーダーたちの計画をながめたり、評価を聞いていると、次にどこへ行くかということで決まっていくわけです。本当は、次にどこへ行くかではなくて、どういう目的を置くのか、そのためにはこういう環境、こういう施設が…というふうになるはずなんですが、どうしても「来月は、どこ行こか?」ということになってしまう。夏に、キャンプなどの計画を進めていく時でも、「まあ湖畔やから、昼間はボートに乗ろうか、カヌーをしようか」となって、何のためにクルージングするのか、カヌーに乗るのかということがあまりないわけです。ハイキングをする場合でも、何のためにハイキングをするのかということがしっかりおさえられていないというところなど、我々YMCAでも、未だにそんな反省をしているのが現状です。
だから、『今、野外活動に求められていること』という部分の中で、古くて新しい課題というものがあると思うのですが、やはり、理念や目標をもう一度とらえ直すことを、これからキャンプや野外活動を進めていくうえでの出発点にしなければならないと思います。それと、繰り返しになりますが、パウロ・フレイレが言っているように、他者や世界や自然というものをどれだけ確かなものにしていけるかというところから、もう一度プログラムを考え直さないといけないと思います。
十分な準備ができなくて、これくらいのことしかお話しできないのですが、以上で終わります。ありがとうございました。