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キャンプの魅力と指導者の役割
(キャンプ指導者資格取得のためにまとめたレポートです。)
アウトドア生活が脚光を浴びている。しかし、その魅力の多くは快適な野外生活である。近くのキャンプ場でも売店や水道、トイレなどが完備され、生活に必要なものはほとんど揃っている。もちろん、そこでひとときを過ごすのもキャンプの一形態なのだろうが、どちらかといえば、アドベンチャーという言葉がついたキャンプの指導にあたることが多い私にとって、キャンプ生活に"快適さ"というイメージを重ねることはできない。
キャンプの魅力は、何といっても『自然や物、人間が自分の友達だということを、体験を通して直接、肌で感じられる』ところにある。そのためには、自然を"自然のまま"に味わえるようなキャンプの方がいいに決まっている。日常から離れ、自然の中で、お互いに助け合いながら共同生活をする。自然の変化を五感で感じ、その怖さを知る。また、自然が引き起こす多くの事象を素直に受け入れ、それを活かす工夫をすることによって、自然の一員としての自分の存在を知る…等々、まず自然から学ぶことによって人間の学習が始まるということを考えても、キャンプほどそれに合う機会(学びの場)はない。
以前、指導者として参加していたキャンプで、こんなことがあった。夜中に突然大雨が降り出し、ふだん家に住んでいれば聞こえない雨音が、テントの中では恐ろしく大きな音で響いてきた。参加していた子どもたちの多くは、戸惑い、恐怖を感じ、全く身動きができなかった。それが、朝方、やっとのことで雨が上がり、きらきら輝く太陽が降り注ぐようになると、子どもたちは誰からともなく手を取り合い、体中で安堵の気持ちを表現していた。今まで、これほど身近に自然の動き(その恐ろしさやありがたさ)を感じたことはなかったのだろう。
また、この時ばかりは、同じテントにいた仲間を無条件で信頼し、協力し合うことができたという声も数多く聞こえてきた。自然の大迫力を前に、わがままになりがちな毎日の生活の中で、自分が忘れかけていた人とのつながりみたいなものを再発見し、そのあたたかさを改めて知ることができたのだと思う。
一度でもキャンプを経験したことがある人なら誰でもわかることだが、キャンプには、人が『自分をもっとも素直に表現できる雰囲気』がある。その中で感じられる限りない人間の魅力、人間関係のおもしろさ、ありがたさ…。キャンプは、自然という舞台の中で演じられる人間ドラマであり、参加者全員がそのドラマの主人公になることができる。
では、こういった魅力を十分に活かし、参加者がその魅力を存分に味わうことができるキャンプとは、一体どんなキャンプをいうのだろう。
私は、キャンプの目的は『自然の持っている教育力をうまく活かし、人が本来の人間性を取り戻すこと』だと思っている。そういった点から、キャンプに関わる者が、その指導者として何を念頭に置いてキャンプをプログラムし、実践していけばよいのか。思いつくままに、いくつかあげてみたい。
まず一つめは、「参加者を、いかに自然にふれさせ、自然と時間を共有させられているか」ということである。いろいろな目的のキャンプがあり、一概にこうすればよいということは言えないが、組織やプログラム、運営など、常にこのことを原点に置いてキャンプを考えていく必要がある。例をあげれば、火おこし、間伐材や竹を使った食器作り、ナイトハイク、野宿体験、川遊びなど。それらを目的にあった形で、その魅力や怖さをいかにうまくプログラム化し、実施できているかという点に配慮していかなければならない。
また、アメリカなどで先行している「冒険教育」(Adventure Education)や「生存のための教育」(Education for Survival)という観点でみると、例えば子ども一人、山中で過ごすといった"ソロ活動"なども、今の時代には必要なことだろう。
二つめは、「参加者一人一人を大切にできているか」ということである。先にも述べたが、全員が主人公になってこそキャンプ本来の目的が達成されるわけで、ごく一部の者だけが楽しいキャンプでは何もならない。集団主義を目指そうとするあまり、個人が犠牲になるような場面が生じないよう、くれぐれも気を配る必要がある。ただし、一人一人の言い分をすべて聞くような、甘やかしになっては逆効果である。
三つめは、「時間や行事に追われるようなプログラムになっていないか」ということである。これにはキャンプの日数も大いに関係してくるが、陥りやすい欠点の一つだといえる。せっかく来たのだからと、空き時間を作らないように次々と行事を入れていく。日常を離れた自由な時間の中で、自然を感じ、人間本来の創造性を取り戻そうとしてキャンプに来ているのに、これでは本末転倒である。与えられた行事をこなすことがキャンプの目的ではない。日頃、ただでさえ時間に追われている我々(参加者)が、何もない自由な時間をどう過ごそうとしたか、そこで何をしようと思ったか。それが大事なのである。指導者は、そういう時間と場所をどれだけ提供することができたかに十分気を配り、限られた日程の中で大いに工夫を凝らすべきである。
そう考えると、二泊三日以下のキャンプで本来の目的を達成するのは、なかなか難しい。「疲れただけ」「楽しくなかった」といった声が出るのも、一泊二日(あるいは二泊三日)のキャンプがほとんどである。それ以上になると、そういう声もぐっと少なくなる。プログラムの展開も含めて、最低でも三泊四日は必要だし、長ければ長いほど効果が上がる。
これら以外にも、今までのキャンプの固定観念みたいなもの、例えば食事は必ず自分たちで作らないといけないとか、全員で輪になってキャンプ・ファイアーをするものだとかいうようなことについても、今一度"何のやめにそれをやるのか"といった点で捉え直し、キャンプの目的に応じて、臨機応変に作り変えていくことも大切だと思う。
さらに、施設の面とか指導者(リーダー)の確保といったことについても、最近、キャンプを企画する段階から問題になることが多くなってきた。字数の都合で多くは書けないが、今後十分な検討が必要なことだろう。
以上、思いつくままにキャンプの魅力と指導者の役割について述べてきた。これを一つの自己反省として、今後の自分の指導に活かしていきたいと思う。