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あの日の光景は、私の「青空」
ある先生から、こんなステキな声が届きました。
クラブを引退したばかりの生徒が、「先生、私、今走るの、すごく楽しい!」と、とびきりの笑顔で話してくれたことがあります。選手として第一線で活躍していた頃は、練習は辛く、厳しく、クラブを辞めたいと思ったこともあるといいます。
「試合で少しでも良い成績が挙げられた時は、練習の辛さも厳しさも、この瞬間の為にあったんだ!と、一瞬にして苦しみを忘れ、最高の喜びを味わえる。ただ、練習は良い成績を挙げるためには欠かせないもので、義務のようなものだった。だから、『走ってて良かった!』と思えるのは、ほんの一瞬で、『楽しい』なんて思ったことはなかった。でも、今は試合の為じゃなくて、自分が走りたくて走っているから、すごく楽しい!」
“青空”を、この生徒は現在(いま)、感じています。
二年前、私が初めて授業を受け持ったクラスに、毎時間教科書も開かず、寝てばかりいる生徒がいました。一番前の、私の目の前の席で、毎時間毎時間寝ています。誰かに何かをしなさいと言われたから、言われたとおりにする。そんなのは、中学校までの話で、高校生ともなれば、自分で、今何をする時なのかを考えて、行動できて、当たり前・・・。私は、そう思っていたので、敢えて注意もせず、そのままにしておきました。
ある日、いつもと同じように、教室に入って授業を始め、指名した生徒が教科書を読み出した時、いつもと同じように、寝たきりの生徒に目を向けました。起きてる! おまけに、教科書を開いてる! 『教師やってて良かった!』なんて、教師ホヤホヤの私はオーバーだけれど、そう思いました。教師一年目、右も左もわからず、無我夢中で過ごした日々の中の、あの日の光景は、私の“青空”です。
『私の“青空”』、『たった一日の青空に励まされて生きている』・・・か、本当にその通りかもしれませんね。何だか、すごく元気が出てきそうな気がします。
隣の芝生・・・じゃありませんが、私たち人間は、どうしても多くを望んでしまいます。でも、何もかも自分の思い通りになる人生なんて、現実には存在しません。いろいろな場面で苦しみ、悩み、悔し涙を流すのが、私たちの日常です。逆に、そういう毎日だからこそ、その陰に隠れている「ささやかな幸せ=青空」を感じ取ることができるのではないでしょうか。
損得勘定ばかりが先行し、何もかも与えてもらってあたりまえ、うまくいかないのはまわりが悪いからだ・・・なんていう気持ちでは、せっかくの“青空”―あなたに元気を与えてくれる、かけがえのない“青空”―を見失ってしまいます。もっと心を広く、長い目で自分を見つめ、相手を尊重すると同時に、「ありがたい」という感謝の気持ちを常に忘れないでいてほしいと思います。

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